研究英語論文の基本構造は、Introduction, Methods, Results, and Discussion からなるIMRaD構造である。論文を執筆するときには、この構造に合わせることが極めて重要だ。もちろん、この構造を知っているだけでは不十分で、それぞれのセクションに何を書くのかがさらに重要なポイントとなる。
論文に書くべきことを列挙すればいろいろあるのだが、実は重要なことは何を書くのかだけでなく、書くべきことをどのように配置して組み立てるのかである。そのイメージがなければ、論文の展開をうまく作ることができない。そこで、ここではMoveとStepという枠組みを使って、各セクションをどのように組み立てるのかを考えてみたい。
Introduction、Methods、Results、Discussionの4つのセクションを論文の大枠構造とすると、MoveやStepは論文の下位構造になる。Introduction、Methods、Results、Discussionは、それぞれ論文のセクション見出し(大見出し)として使われるという大きな特徴がある。一方、Moveは、そのまま見出しになるようなものではない。Moveとは、「論の流れ」といった意味の学術用語だが、その意味自体をそれほど気にする必要はない。各セクションは、いくつかのMoveという共通の構造からなると考えるとよいだろう。そして、各MoveはさらにStepで構成され、Stepは定型表現である様々なPhraseからなる。次図のようなイメージだ。ここでは、Introduction、Results、DiscussionのMoveの特徴についてまとめる。
IntroductionのMoveとStep
IntroductionのMoveとStepは次のようになる。Introductionの展開は、「IM-1→IM-2→IM-3」とMoveが一巡して終わることが多い。
<IntroductionのMove/Step>
IM-1: 研究対象の紹介
— Step-1: 研究対象の背景情報(定義・重要性・特徴)
— Step-2: 研究対象に関する課題の提示
IM-2: 先行研究と問題提起
— Step-1: 重要な先行研究の紹介(着眼点の提示)
— Step-2: 解くべき問題の提示
IM-3: 本研究の紹介
— Step-1: 本研究の概略
— Step-2: 本研究の将来展望
Introductionでは、「IM-1→IM-2→IM-3」と展開する中で「General statements→Thesis statement」へと課題を絞り込んでいくのが一般的な流れだ。図解すると次のようになる。Introductionの構造は、ロート型である。Thesis statementとは、この論文で何を示すのかを端的に表す1文のことだ。とても重要な概念なので覚えておこう。
このような流れの中で、ストーリーはどのように展開していくのだろうか? 多くの論文を分析して見いだした共通構造が、図中に示す「背景→問題→解決」の繰り返し構造である。IM-1では、最初に研究対象に関する背景情報を述べ、さらに研究対象に関する一般的な問題や大きな課題を述べる。次のIM-2では、その問題の解決につながるような新たな背景情報を述べることが多い。このような背景情報は、著者らの研究に重要な視点をもたらす着眼点となる。さらにIM-2では、本研究で取り扱う当面の問題を提示する。最後のIM-3では、IM-2での問題提起を受けて、それを本研究でどのように解決するのかを述べる。IM-3の冒頭では、Thesis statementが示されるのが一般的だ。
「背景→問題」の流れをMove/Stepに当てはめると、概ねIM-1やIM-2の「Step-1→Step-2」の流れと言ってよいだろう。もちろん、Stepの流れが逆であったり交互に入り乱れたりすることも少なくないが、基本型はこのようになる。なお、IM-1とIM-2ではStepの類似性が高く、IM-1とIM-2で共通に使われるPhraseが多数ある。従って、IM-1とIM-2を通して、「背景→問題→解決」の流れに沿って話をつなげつつ、IM-3へと焦点を絞り込んでいくのがIntroductionの流れといえるだろう。「背景→問題→解決」の繰り返し回数を内容によって変えれば、いろいろなストーリー展開に応用できる。
ResultsのMove
実験系の分野のResultsのMoveは次のようになる。まず、RM-1で、行った実験の目的や方法などを説明する。次に、RM-2で実験結果を示す。RM-2では、図を参照することが多く、まさに、Resultsの中核をなす部分である。最後にRM-3で、結果に関する解釈やコメントを述べる。実験系以外でも、Move構成は類似のものになると考えてよいだろう。
<ResultsのMove>
RM-1: 実施した実験の説明
RM-2: 実験結果の提示
RM-3: 結果についてのコメント
ResultsのMoveとパラグラフ構成との関係は、次図のように考えるとよい。パラグラフの冒頭はRM-1でスタートして、次いでRM-2へ移行し、最後にRM-3で締める。この構造は、パラグラフの「Topic sentence→Supporting senetences→Concluding setence」の流れと対応づけることができるだろう。典型的には、パラグラフごとに「RM-1→RM-2→RM-3」のセットが繰り返すと考えると分かりやすい。
図に示したMoveの流れは典型的なパターンであり、常に「RM-1→RM-2→RM-3」のセットが1巡して終わる訳ではない。むしろそうでないことの方が多いだろう。2巡することもあれば、RM-1かRM-3が省略されて、一部だけが繰り返される場合もある。あくまで、イメージとしてこの図を頭に入れておくとよい。なお、ResultsのStepについては、少し煩雑になるし順番も様々なので、ここでは省略する。
DiscussionのMoveとStep
実験系の分野のDiscussionのMoveとStepは次のようになる。実験を行うかどうかの違いを考慮すれば、他の分野でも概ね同じような構成である。一つの流れに沿ってストーリーが展開するIntroductionとは違って、Discussionではパラグラフごとに話題が変わるのが一般的だ。
<DiscussionのMove/Step>
DM-1: 本研究の概略
— Step-1: 背景情報の再提示(オプション)
— Step-2: 本研究の成果の概略
— Step-3: 本研究の結論と意義
DM-2: 個々の実験の考察
— Step-1: 個々の実験の背景と先行研究
— Step-2: 個々の実験結果の提示
— Step-3: 個々の実験の解釈・主張
— Step-4: 個々の実験の課題
DM-3: まとめと将来展望
— Step-1: 本研究のまとめと結論
— Step-2: 本研究の将来展望
概略やまとめを述べるDM-1とDM-3は、それぞれ一つのパラグラフで構成されることが多い。つまり、Discussionの第1パラグラフがDM-1、最終パラグラフがDM-3となるというイメージだ。そして、残りの部分がDM-2である。
DM-2では、段落ごとにトピックを決めて考察を行う。一方、DM-1とDM-3では論文全体について考察する。そのため、DM-1とDM-3とでは内容が似通ってしまうことがあるので注意しよう。DM-1で述べるべきことの中心は、研究成果の概略である(Step-1「背景情報の再提示」は、ないことが多いのでオプションとする)。さらに、それに基づく結論を述べることもある。しかし、結論はDM-3で述べる方が収まりがよいかもしれない。DM-1とDM-3の両方に結論を書くという考えも悪くない。もちろん全く同じことを書くことはお勧めできないが、少し表現を変えれば問題ないだろう。例えば、総合的なデータの解釈から導き出される直接的な結論や解釈をDM-1で書き、将来の応用につながるような汎用的な結論をDM-3に書くといった具合だ。重要なことは強調すべきであるので、内容の重複をそれほど恐れる必要はないのだ。また、将来展望はDM-3に書くべきだろう。しかし、DM-1やDM-2に書いてもよい。その場合は、それぞれの状況にふさわしい形にアレンジして書こう。
まとめ
論文の構成には、多くの論文で共有されている共通構造があることを理解しよう。論文の各セクション(Introduction, Methods, Results, Discussion)は、概ねここに示したMoveの順に進行する。さらに各Moveには、その流れを作るためのStepがある。Move/Step構造に加えて、ここで示した「背景→問題→解決」の繰り返し構造は、Introductionの流れを作る際の参考になるはずだ。また、Introduction以外でも、論文の流れを作るための発想としてと「背景→問題→解決」の形を応用するとよいだろう。
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