英語論文初心者がまず行うべきことは、何を書くのか、どのように書くのか、を理解することだ。これは、論文を熟知していることと言い換えることもできる。論文について熟知するためには、お手本となる論文を集めて日頃から研究することが必要だ。ここでは、お手本論文を研究する際に、予め知っておくべき論文特有の構造(IMRaD)とその意味について、押さえておきたい5つのポイントを示す。
論文の構造はIMRaD型である
英語論文の基本構造は、Introduction, Methods, Results, and Discussion からなるIMRaD構造である。
もちろん、IMRaDを知っているだけでは論文は書けない。
そこで、まずは科学論文の歴史を振り返ってみよう。Sollaci L.B. & Pereira M.G.の論文(J Med Libr Assoc. 2004 92:364)には、医学論文の歴史に関して以下のように書いてある。
・初期の実験レポートは、時間経過の順に描写されていた
・IMRaD型は、1940年ぐらいから使われ始めて1980年ぐらいに定着した
上の2つの違いは、以下のような研究手法の変化によるものとも考えられる。
観察 → 結論(時間軸型)
から
仮説 → 検証 → 結論(仮説検証型)
おそらく、研究手法がどちらのタイプであれ、医学論文はIMRaD型で書くという習慣が定着したのだろう。
このことは、次のように考えると、もっと分かりやすいかもしれない。ライティングの型は、大きく以下の2つに分けられる。
- ものがたり
- essay
英語のessayは随筆ではなく、学術文章のことである。時間軸に基づく発表は、試行錯誤した努力と最後にサプライズを「ものがたり」として演出できるので、招待講演などなら効果的である。しかし、科学論文では時間軸の記述は最小限にとどめるべきだろう。科学論文は「ものがたり」ではないのだ。試行錯誤の記録は、読者を混乱させるだけである。
IMRaDはAcademic writingの型のバリエーションである
このようなIMRaD型の採用に大きな影響を与えたと思われるのが、Academic writingの型の普及である。Academic writingとは、アメリカなどの英語圏で教えられている学術的文章の作成法だ。序論・本論・結論の3部構成からなり、その代表的パターンは5 paragraph essayと呼ばれる。
下図に示すように、序論で「主張」を述べ、本論で「理由」を3つ挙げ、結論で再び「主張」を述べるのが、5 paragraph essayの典型パターンだ。理由を述べる前に主張を述べているので、因果関係は逆転している。このような「逆因果関係」の構造を作ると、論理が極めて明確で、かつ論理展開が直線的となる。これが、人を説得するために自分の主張を述べる時の標準的なパターンなのである。
以上のことから、IMRaDはAcademic writingの型のバリエーションであるといえよう。科学論文の目的は、発見を報告することではなく、それに基づく主張を述べることなのだ。
MoveとStepで流れを作ろう
IntroductionのMoveとStep
例えば、Introductionのストーリーは、概ね以下に示すMoveとStepに沿って流れていく。
Introduction
IM-1: 研究対象の紹介
— Step-1: 研究対象の背景情報(定義・重要性・特徴)
— Step-2: 研究対象に関する課題の提示
IM-2: 先行研究と問題提起
— Step-1: 重要な先行研究の紹介(着眼点の提示)
— Step-2: 解くべき問題の提示
IM-3: 本研究の紹介
— Step-1: 本研究の概略
— Step-2: 本研究の将来展望
Introductionでは、研究対象と着眼点について説明する。IM-1のStep-1では研究対象を紹介し、IM-2のStep-2では着眼点を紹介することが多い。実は、この2つは同じようなカテゴリーものであることが多い。研究対象の研究に新たな展開をもたらすものが着眼点である。着眼点を示す特別な表現があるわけではないが、文頭でRecentlyなどの強調表現を用いることが多い。
IM-1の冒頭のStep-1では、
Hydrogen is a promising alternative energy carrier …
のような文がよく登場する。Introductionの冒頭では、研究対象の重要性を、その影響の範囲が広いか、程度が大きいかを示して強調する。
一方、IM-1のStep-2では、
There is an urgent need to develop …
のような文を使って、課題や必要性を強調する。
我々は多数の論文を分析して、”… is a promissing …“や”thre is an urgent need“のような定型表現を、個々のMove/Stepでの統計学的に有意なキーフレーズとして抽出している。このようなキーフレーズを活用すれば、Move/Stepに沿った流れを作ることができる。
読者の印象に残るキーフレーズ
論文で提供される情報は、以下の2つに分けることができる。
・客観的な情報(機能的価値)
・主観的な情報(情緒的価値)
科学論文は、基本的には機能的価値をもたらすものだ。そこに、読者の感情に届いて印象に残る情緒的価値を織り込むことが、重要なテクニックとなる。例えば、上述した“… is a promissing …“や“thre is an urgent need“がそれに相当する。キーフレーズの多くは、Introductionの内容に情緒的価値をもたらす。いかに読書を印象づけるかが、重要なのであろう。
Introductionのストーリー展開のポイント
ストーリー展開のもう一つのポイントが、「背景→問題→解決」の繰り返し構造である。IM-1では、冒頭で背景を述べ、最後に研究対象に関する一般的な問題を述べる。次のIM-2では、その問題の解決につながる背景を述べる。これが、著者らの研究の着眼点となるのだ。そして、最後に当面の問題を示す。IM-3では、その当面の問題をどう解決するかを示すわけである(下図参照)。
このように、問題を提起し、その解決の方向に話をつなげつつ、焦点を絞り込んでいくわけだ。内容によって、繰り返しの回数を変えれば、いろいろな展開に応用できる。
IntroductionとDiscussionを呼応させよう
Discussionは、Introductionと呼応するように組み立てよう。下図のDiscussionのStepのうち、マーカーを付けた部分が、上述のIntroductionのIM-3のStepに呼応する。
DM-1: 本研究の概略
— Step-1: 背景情報の再提示
— Step-2: 本研究の成果の概略
— Step-3: 本研究の結論と意義
DM-2: 個々の実験の考察
— Step-1: 個々の実験の背景と先行研究
— Step-2: 個々の実験結果の提示
— Step-3: 個々の実験の解釈・主張
— Step-4: 個々の実験の課題
DM-3: まとめと将来展望
— Step-1: 本研究のまとめと結論
— Step-2: 本研究の将来展望
論文の最初と最後を呼応させて一貫性を持たせれば、論文の説得力は大いに改善される。呼応させる部分は、ほぼ同じ内容を言葉を変えて述べればよい。実際、多くの論文でかなりの類似性が確認できた。
まとめ
このように、IMRaDの枠組みで書く論文のストーリー展開には、おおよその決まったパターンがある。その流れのパターンを理解し、キーフレーズを活用して組み立てれば、分かりやすく説得力のある論文が書けるはずだ。そのためのポイントをここに示したので、何度も読んで理解しよう。まずは、一つ一つの文章を考える前に、全体の構成や流れを考える習慣をつけることだ!
コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 右図は、こちらのサイトで公開している、IM1-Step1のキーフレーズの一部である。別記事で示したように、キーフレーズの多くは、情緒的価値を提供して読者を印象づける役割がある。そこでは、多くの定型表現が使われる。よくある表現を使うことが、分かりやすい論文の作成つながるのである。 […]